スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

残り物には福ですか

冬の間はもっぱら暗闇の中を歩いていました。日中墨田を歩いたのは数回でした。

なので何も見てないに近かったですね。浦島太郎みたいな気分です。

夜中に鳩の街とかを歩くとたまに寄ってた田島が、3月31日で24時間営業を辞めるとかのお知らせが出てましたが、そうなったんでしょうか。水戸街道であそこはいつも電気がついているもんだと思ってましたから、この告知にはちょっと驚きました。


さらに驚いたのは、千葉大の墨田進出計画でしょうか。

今もあるのかもしれませんが、駅に置かれていた「京成ライン」とか言う広報誌に昔、千葉大教授と京成社長の対談が載ったことがあり、その中で教授が京成に進言していたのは、京成本社の千葉移転でしたね。

押上に本社があると、いつまで経っても会社が下町臭く見られて、沿線のイメージが垢抜けないからみたいな理由からでした。

それを言っていたのは確か、建築系の教授だったような気がします。

30年くらい前に読んだ記事ですが正直、馬鹿にされているような気がしました。

その建築系のデザインスクールが、押上以上に下町臭い曳中跡地の隣のビルにキャンパスを移す計画だというんですから、皮肉なものですね。

しかも、状況によっては隣地までキャンパスを拡張することも視野に入れているそうですから、そうなるとかなり本格的です。

現在、大学の無い区は23区で墨田だけですが、キャンパスがあるといってもほとんどは私立大学で、国立大学のキャンパスがある区はそうはないですから、上手くいけば一発逆転の可能性も出て来ますね。


なんにせよ、押上を見下していた大学の曳舟進出計画には、感慨を禁じ得ません。


スポンサーサイト

追い越されて東向島駅

ほとんど毎日のように白鬚橋を渡りますが、いつもは汐入から隅田川に沿った堤防の上の舗装路を歩いた流れで、そのまま橋では上流側の歩道を歩いています。

橋を渡り終えてから明治通りがカーブをし終えたあたりで、反対側に移ることが多いのですが、昨日は東向島駅のそばの店に用があり、一度は大臣になった松島さんのマンションの前を通過して、そのまま明治通りを東向島公園へ向かいました。

度重なる工事で少し歩きにくくなっている歩道を歩いていると、リバーサイドに入る会社にでも勤めているOL風情の女の子に追い越されました。

私はわりと早足で歩きますので、道で前の人を追い越すことはあっても、追い抜かれることはまずないだけに、ずいぶん速いんだなと思いました。

あの辺りに一軒だけあるラーメン屋の前を過ぎると、その子は明治通りを直進して、私は東向島公園の中に折れました。

公園の中を通り抜けて、東向島駅に向かう旧向島中学に沿った道に出ると、すぐ前をまたそこ子が歩いていました。

公園の中に入ると斜めに横切れますから、道を角々に歩くより距離が縮まります。

急いでいるのに近道を使わないということは、普段はリバーサイドと曳舟を結ぶシャトルバスを利用しているんでしょうか。


それで、いつも乗る電車の時刻に合わせて早足で歩いていたのかなと思うと、改札を出たところで背の高い彼氏と待ち合わせでした。

ああなるほどと思ったのですが、券売機が並んだ床面に上がるためのステップの手前に自転車を止めて、子供でも待っている風情のおばさんが、妬みともつかないそれでいて冴えた表情で、その光景を眺めていたのが目に入りました。

改札で待ち合わせても電車には乗らず、東向島の夜の街に二人で消えていきました。

東向島駅も、こうした情景に接することがある駅になったんだな、と思いました。


荒川提

この夏は夕立がほとんどありませんでしたから、散歩途中に雨宿りをしなくて済んでいます。

雨も少なかったですが、ここに来て台風の影響が凄いですね。


三つの台風が立て続けに来たのには参りましたが、雨雲レーダーを見ながら何とか雲の切れ間を縫って散歩は欠かさず続けています。

それでも昨日はさすがにルートを変えようかどうか迷いました。

散歩コースの荒川に、氾濫注意情報が出ていたからです。水位危険度を示すレベルは2だそうですが、注意書きには河川の水位上昇が見込まれる状態とあります。

わざわざ危険に近寄ることもないと思いましたが、習慣というのは恐ろしいもので、夜半になって雨が上がると足は自然と荒川に向かっていました。

堤防に上がると、河川敷に人影は見られませんでした。

いつもだと夜でも、サイクリングコースと化している緊急道路には、通勤で自転車を使う人を必ず見かけますが、全く遭いませんでした。

肝心の川の水位は、さほど上昇している感じでもなかったので、これなら大丈夫だろうと思い河川敷に降りました。


堀切橋に向かう途中、旧綾瀬川に付けられた隅田水門を渡りますが、いつもは全開のゲートが、昨日は半開になっていて、船の通行は出来ない状態でした。

ここは普段、屋形船のルートになっています。

それでもゲートを下ろしていたのは、あと30センチほど水位が上がると、荒川から隅田川に入る水の量を、調整する必要があるからだろうと思います。


普段はあまり意識しませんが、こういうのを見ると、隅田川というのは基本的に洪水を起こしやすい川なんだなと思います。

荒川による水量調整機能が無ければ、昨日程度の雨量でも注意情報は、氾濫警戒情報、氾濫危険情報、最悪は氾濫発生情報まで危険度レベルを上げていたのではないかと思います。


台風シーズンになると毎年のように氾濫していた隅田川は、直近では明治43年の氾濫が酷く、墨田一帯は夏の間2ヶ月間水が引かずに、10万人近くが亡くなったのではなかったでしょうか。

明治政府は翌年、隅田川の洪水対策として荒川を敷くことを決め、実際に掘り始めたのは明治45年だったそうです。


しかし、最近では、その荒川があっても、低地の洪水対策は万全ではないという見方もあります。

役所から配られたハザードマップによれば、200年に一度の大雨で荒川提が切れると、墨田全域は2メートルから5メートルの水深で沈没するそうです。

もしもの際は頑丈な建物の3階から上に避難するよう、普段から避難する建物を決めておくようにも書かれています。

手元の地図は平成20年作成ですが、こうしたものは配られますが、肝心の墨田区内の荒川提はこの間一向に補強されていません。

200年に一度程度の大雨は近年、珍しくなくなっています。危険なことが分かっていて、どうして堤防をいじらないのかなと思います。

足立なんかに行くと割と最近、京成本線の鉄橋より上流側の堤防補強は東武鉄橋あたりまで完了させています。

対岸の葛飾側はそもそも中土手の嵩が墨田区側より高い上に、綾瀬川に沿っては首都高が走っているせいか、カミソリ護岸の外側に鋼管を連続打ちして、液状化によって地盤が川に流れ出す、いわゆる側方流動に備えています。

江戸川区の平井では、いろいろありながらもスーパー堤防が完成しています。


毎日のように四つ木橋から千住新橋まで荒川に沿って歩いていると正直、荒川建設自体は素晴らしい大事業であったにしても、墨田の荒川護岸はこれで大丈夫なのかな、と思うことがあります。


広告塔



最近の記事
最近のコメント
カテゴリ
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最近のトラックバック
リンク
SEO対策:向島 曳舟 下町

カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。